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将棋、雑記など

「踊り子と将棋指し」の感想

「踊り子と将棋指し」坂上琴(2016)の感想

踊り子と将棋指し

踊り子と将棋指し

たまたま本屋さんで見かけたので購入。
小説についてはこちらの記事をどうぞ。
小説現代12月号に小説「踊り子と将棋指し」の抄録が掲載 - zekaoh's blog


あらすじは記憶を失ったアルコール依存症の中年男性とストリッパーが出会い、一緒にストリップ巡業の旅に出かけ、徐々に記憶を取り戻し依存症と向き合うようになっていくというもの。
主な題材がアルコール依存症ということで深刻な暗い話に思えるが、出て来る人たちはみな情に厚く、辛いこともあっけらかんと受け入れるようなキャラクターばかりなので、読んでいて暗くなるということはない。文章も簡潔で非常に読みやすかった。

もう一つの題材であるストリップ業界の描写は詳細で、ストリップのシーンも生々しい臨場感があり楽しく読むことが出来た。
主人公は勃起不全という設定で、いわゆる下の話は多いので女性や子供が読むのはあまりおすすめしない・・・

自分としてはストリップぐらいの性描写なら良かったのだが、後半にある性行為描写まで行くとちょっと露骨すぎて読んでてキツく感じられた。
この部分がこの作品の肝の一つであるのはわかるのだが、一般向けの小説としては少し行き過ぎている感じ。そもそもこの本は性の話、大人のお色気話として読んだほうが良いかもしれない。

将棋のシーン

将棋のシーンは少ないが何回か対局シーンがあった。ネタバレかもしれないので将棋の話は以下少し離して書く。






主人公は酒の飲み過ぎで倒れ記憶喪失になった中年男性だが、正体は将棋のプロ棋士である。現在A級八段で、タイトル戦の最中に倒れてそのままタイトル戦は不戦敗、その後病気療養のため半年間休場扱いになっているというのが後半に明かされる。治療のため入所していたアルコール依存症の施設から脱走し、飲み屋でストリッパーのヒロインと出会うというのが冒頭までの話。

主人公は若干18歳でタイトルを獲得、その後は順位戦で勝ち上がれず、40歳にしてA級に昇級とどこかで聞いたことのある経歴。しかも趣味は競馬、競艇なので、経歴のモデルはおそらく屋敷九段と思われる。
ただ得意戦法は屋敷九段とは違い後手番9四歩戦法というオリジナル戦法。小説では真剣師との勝負もあるがこの戦法で全く負けない。
主人公は阪田三吉の弟子筋にもあたるという設定なので、戦法のモデルは当然阪田三吉のようだが、後手番9四歩戦法という戦法自体は実際には無いと思うのでここは作者の想像だろう。
入玉勝ちのシーンが多いので、もたれて指すようなイメージの戦法か。


物語のラストで主人公が昔を振り返る対局は符号で描写され、これは南禅寺の決戦がモデルになっていると思われる。

1937年2月5日 先手:木村義雄八段 後手:阪田三吉


棋譜を見やすい将棋盤で表示するために,Fireworks さんが作成されたアニメーション付棋譜再現プレーヤー 「フラ盤」を使用させていただいています.)

この南禅寺の対局では阪田三吉が負けるのだが、小説での主人公は勝ってタイトルを獲る事になる。


この小説の将棋部分に関してはA級棋士が行方不明になっているので、まずもっと大騒ぎになっていてもおかしくないんじゃないかと疑問に思った。将棋界のスキャンダルは週刊誌に小さく取り上げられるくらいは話題性があるはず。隠蔽工作があったとは言え、アル中でタイトル戦休場となれば裏で相当囁かれるようにも思える。
小説の主眼からは外れるが、主人公を知っている将棋界の誰かを登場させて、A級棋士の行方不明を社会的な事件として描くというのも面白かったんじゃないだろうか。客観的な視点が欠けているように思うので、今作の棋士の描き方はやっぱりどこかファンタジーっぽく見えてしまった。
ただ棋士のイメージからするとかなり大胆なことをこの小説ではさせられ、そのシーンは将棋ファンからするとかなり驚くのだが、これが出来るのは棋士をファンタジーっぽく描いているからとも言える。そう考えると将棋部分に関してはこれくらいのリアリティでいいのかもしれない。





まとめ

感想としては酸いも甘いも噛み分けた大人が軽い感じで読むような、ちょっと小粋な世界を楽しめる作品だった。
将棋やストリップなど題材が古臭いようにも思えるが、読んでみると特にそういう風には感じなかった。軽妙な文体だからだろうか。
アル中小説、軽妙な文体ということで、中島らもをちょっと思い出したが、あちらほど破滅的な感じはせず、こちらは健全な常識人が描いている感じがする。自分としては後半の性描写を除けばバランスが取れた良い作品に思えた。

将棋描写目当てで読むのはおすすめしませんが、大人の方が気楽に読むぶんには面白いかと思います。